【判例紹介】婚姻後、一度も同居したことがない夫婦間における婚姻費用分担請求が認められた事例(東京高裁令和4年10月13日)

どのような事案だったか?

妻Xと夫Yは、令和2年8月に婚姻しましたが、婚姻後も同居しないまま週末会うだけの生活を続けていました。令和2年10月、夫Yが同居を求めたものの、妻Xがそれを拒否したことから、その後は週末に会うこともなくなりました。
その後、妻Xは、令和3年4月に、婚姻費用分担請求調停を申し立てましたが、同調停は令和4年3月に不成立となり、そのまま審判手続に移行しました。同審判手続で、裁判所は、妻Xの申立てを却下し、婚姻費用の分担請求を認めませんでした。裁判所が婚姻費用の分担を認めなかった理由としては、「XとYが夫婦としての共同生活を始めることは、水と油のように元々無理なことであって、互いに相手の性格傾向や基本的な夫婦観、人生観を理解するのに十分な交流を踏まえていれば、そもそも当事者間で婚姻が成立することもなかったと推認することができる」「以上の事実関係の下では、当事者間で婚姻が成立しているとはいえ、通常の夫婦同居生活開始後の事案のような生活保持義務を認めるべき事情にはないというべきである。Xは、現在の申告所得はYに及ばないものの、高い学歴と資格を有し、働く意欲も高いため、潜在的な稼働能力が同年代の平均的な労働者に比べて劣るとは考えにくく、婚姻前と同様に自己の生活費を稼ぐことは可能であって、具体的な扶養の必要性は認められないから、Yに婚姻費用分担金の支払をさせる具体的な必要は認められない」というものでした。
そこで、妻Xが、同審判を不服として高等裁判所に即時抗告し事件が本件です。

婚姻費用のトラブル

裁判所はどのような判断をしたか?

本件では、抗告審である東京高等裁判所は、原審判の判断を覆し、婚姻費用の分担を認める判断を行いました。

当裁判所は、相手方に対し、婚姻費用分担金として、既に履行期が到来している令和3年4月から令和4年9月までの18か月分の未払額合計108万円を直ちに、同年10月から当事者が離婚又は別居状態を解消するまでの間、月額6万円を毎月末日限り、抗告人に支払うよう命じるのが相当であると判断する。

東京高決令和4年10月13日判例時報2567号41頁

その理由としては、次のとおりです。まず、東京高裁は、前提問題として、夫婦は、婚姻することで、法律上当然に、互いに協力し合い、扶助する義務が生じること、同様に婚姻から生じる費用を負担する義務を生じることを確認します。
注意すべきなのは、これらの義務は、婚姻という法律関係から生じるものであって、夫婦の同居や協力関係の存在という事実状態から生じるものではないということです。そのため、夫婦の仲が険悪となって別居をしているような状態であっても、これらの義務がなくなるわけではありません。
そのような法律関係を前提に、東京高裁は、本件では、互いに社会生活を営む大人であるXとYが、互いに婚姻の意思をもって婚姻届を提出し、同居はしないものの婚姻の意思がなかったと認められる事情はないと認定します。そのため、両者の間に婚姻という法律関係があることは明らかであるため、そうであるのであれば上記のとおり両者の間には相互扶助義務や婚姻費用分担義務が認められると判断したのです。

夫婦は、婚姻関係に基づき互いに協力し扶助する義務を負い(民法752条)、婚姻から生ずる費用を分担する(民法760条)。この義務は、夫婦の他方に自己と同程度の生活を保障するいわゆる生活保持義務であり、夫婦が別居している場合でも異なるものではない。
相手方は、抗告人と一度も同居したことがなく、婚姻後は数えるほどしか直接に会ったことがなく、健全な婚姻生活を送っていたとはいえないところ、その原因は、抗告人に相手方との同居又は健全な婚姻生活を送る意思がなく、相手方との同居を拒んでいるためであるとして、婚姻費用分担義務を負わないと主張する。
しかし、当時37歳であった抗告人と当時41歳であった相手方は、互いに婚姻の意思をもって婚姻の届出をし、届出後直ちに同居したわけではないものの、互いに連絡を密に取りながら披露宴や同居生活に向けた準備を着々と進め、勤務先の関係者にも結婚する旨を報告して祝福を受けるなどしつつ、週末婚あるいは新婚旅行と称して、毎週末ごとに必ず、生活を共にしていたことは、認定事実(1)のとおりであるから、抗告人と相手方の婚姻関係の実態がおよそ存在しなかったということはできず、婚姻関係を形成する意思がなかったということもできない。
そして、婚姻費用分担義務は、前述したように婚姻という法律関係から生じるものであって、夫婦の同居や協力関係の存在という事実状態から生じるものではないから、婚姻の届出後同居することもないままに婚姻関係を継続し、その後、仮に抗告人と相手方の婚姻関係が既に破綻していると評価されるような事実状態に至ったとしても、前記法律上の扶助義務が消滅するということはできない。


東京高決令和4年10月13日判例時報2567号41頁

弁護士コメント

婚姻から生じる費用である「婚姻費用」は、民法760条に抽象的な規定があるだけで、法律上具体的な運用が決まっているわけではありません(婚姻費用について詳しく知る)。しかし、人が生活するにあたってお金はなくてはならないものであり、夫婦の仲が険悪になるとそれがしばしば大きな問題になります。

民法760条
夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。

本件は、婚姻後一度も同居したことがない夫婦間の婚姻費用が問題になった事案であり、そのような特殊な夫婦関係においても婚姻費用の分担義務が生じるか否かで原審判と抗告審の判断が分かれました。
このような判断の違いは、原審判が、夫婦の同居や協力関係の存在という事実状態を重視し、そのような状態が婚姻費用分担義務を認める前提としたのに対し、抗告審が、婚姻費用分担義務は婚姻という法律関係から生じるものであって、夫婦の同居や協力関係のような事実状態から生じるものではないとしたことから明らかなとおり、同義務の趣旨に関する考え方の違いに基づくものといえます。
今後、社会の変化によって夫婦生活の形が一定ではなくなっていくことが予想されますが、そのような事態になった場合には民法が規定するこの婚姻費用分担義務についても様々な限界事例が生じていくことになるでしょう。そのような場合、この裁判例は婚姻費用分担義務の趣旨を理解する上で一つの参考事例になると思われます。


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