【判例紹介】財産分与として、夫婦が飼育していた犬の帰属について判断した事例(福岡家庭裁判所久留米支部令和2年9月24日)
事案の概要
夫Aと妻Bは、平成8年に婚姻し、戸建て住宅を借りて、犬3頭を飼育していた。Aは、平成24年に自宅を出て、Bと別居を開始した。Aは、平成25年に居宅を購入し、同所での生活を始めた。Bは、従前と同じ賃貸住宅で生活を続けていたが、その家賃及び水道光熱費は別居後もAが負担していた。犬3頭は、Bが賃貸住宅で引き続き飼育されていたが、餌代はAが負担していた。
平成30年、AがBに対し、離婚を求める訴訟を申し立てた(訴訟前の経緯については不明)。Aは、Bは日常的にクレジットカードやキャッシングを利用するなど金銭感覚に問題があり、それが原因で同居生活に耐えられなくなり別居したこと、別居期間が相当長期に及んでいることこから、夫婦関係が破綻している旨を主張し、犬3頭については「財産価値はないので分与の対象にならない」として財産分与を否定していた。他方で、Bは、自分が倹約した生活をしていたこと、Aが理由なく一方的に別居して離婚原因を作出していることから有責配偶者に当たり信義誠実の原則上離婚請求が認められないこと、犬3頭については、持分2分の1ずつの共有とし、餌代や獣医師代などを填補するために扶養的財産分与として家賃相当額45000円を支払うことを求めていた。
裁判所の判断
裁判所は、離婚について、Aは「特に理由もなく別居を開始したものといわざるを得ない」としつつ、別居期間は既に8年を超えていることから夫婦関係の修復の見込みはなく、既に破綻しているとことから、民法770条1項5号所定の婚姻を継続し難い重大な事由があると判断した。Bによる、信義則違反の主張については、Aが長期に渡り家賃や水道光熱費やその他経済的支援をしていたことを指摘し、「その離婚請求が信義則に反するものとまではいい難い」として、AとBとの離婚を認めた(なお、理由のない別居について、AがBに対して慰謝料200万円の支払義務がある旨が判示されている。)。
また、犬3頭の財産分与については、Aが犬を引き取ることは困難であるためBが飼育を続ける必要があること、Bが飼育を続けるためには家賃や餌代等を支払い続ける必要があること、その費用全額をBに負担させるのは公平を欠くことなどから、Bが主張する通り犬3頭についてはAB間の共有と定め、民法253条1項によりABが持分に応じて飼育費用を負担することが相当であるとした。なお、共有持分については、ABの財産や収入などに鑑み、A2対B1として、その割合で費用を負担すべきであるとされている。具体的には、Aに対し、1か月あたり1万5000円の家賃相当額と、1頭につき1か月あたり900円の飼育費用の支払いを命じた。
弁護士コメント
離婚の際には、夫婦の共有財産をどのように分けるか、「財産分与」が問題になります。財産分与には、①夫婦の共同生活において形成した財産の清算という意味合い(清算的要素)、②経済的能力が低い当事者の離婚後の生活についての扶養(扶養的要素)、及び③離婚原因をつくった有責配偶者に対する損害賠償(慰謝料的要素)という3つの要素があるといわれていますが、主に①清算的要素が問題となり、②扶養的要素と③慰謝料的要素はあくまで補充的に考慮されるのが一般的です。
そして、財産分与では、あくまで財産的価値のあるものをどのように分けるのかが問題となるため、財産的価値のないものは考慮しません。ペットは、所有権の対象となる物であり、夫婦が同居期間中に共同財産から購入したものであれば、夫婦の共有財産として形式的には財産分与の対象となりますが、一般的には財産的価値のないものとされています。そのため、財産分与の際にペットが問題になることは多くありません。
本件は、夫婦の共有財産であった3頭の犬についての財産分与が問題となりましたが、より正確にいえば犬を飼育していた妻が離婚後その飼育費用を夫に負担させるためにそれを共有物とすることを求めた、という珍しい事案です。また、人事訴訟法32条2項が規定する財産の分与に関する処分についての裁判をするにあたって命じられる金銭の支払いの一態様として、定期金の支払いを命じたというさらに珍しい事案となっています。裁判所が、具体的な事実関係に基づき、法令を柔軟に解釈し、合理的な結論を導いたものと評価することができます。
他の先例が殆ど見当たらない判断ですが、離婚後のペットの飼育が問題となる事案や、財産分与の扶養的要素が問題となる事案について参考となると思われます。
判決文の抜粋
1 原告の本訴離婚請求について
原告は別居に至った原因として、被告が日常の買い物にもカード等を使用して収入に見合わない支出をした旨を主張するが、これに沿う原告の陳述書(甲10)及び本人尋問における供述(以下、総称するときは「原告供述等」という。)は、具体性を欠いており、領収書や支払明細等の裏付けとなる証拠もなく、反対趣旨の被告の陳述書(乙5)及び本人尋問における供述に照らしてたやすく採用できず、他に同原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。また、原告供述等によれば、原告は、被告の普段の言葉づかいや態度を辛く感じ、愛情を失ったというのであるが、具体的にどのような言動が被告にあったかについては触れるところがなく、その他被告の原告に対する言動に殊更に厳しいものがあったと具体的に認めるに足りる証拠はない。そうすると、別居の原因が被告にあったとは認められず、原告は特に理由もなく別居を開始したものといわざるを得ない。
しかし、別居期間は既に8年を超えており、この点だけからみても原被告の婚姻は修復の見込みがなく、既に破綻しているといわざるを得ず、民法770条1項5号所定の婚姻を継続し難い重大な事由があるといえる。
そして、被告は、原告は理由なく別居して有責配偶者に当たる旨主張するが、原告は、長期にわたる別居期間中、被告宅家賃や水道光熱費等を負担し続けており、経済的には被告を支援してきていることに鑑みると、原告は、特に理由もなく別居を開始したものとはいえ、その離婚請求が信義則に反するものとまではいい難い。
したがって、原告の本訴離婚請求は理由があるというべきである。
2 被告の反訴慰謝料請求について
前提事実及び上記1で判示したところによれば、原被告は婚姻後15年以上にわたって共同生活を続けていたにもかかわらず、原告は、理由なく一方的に別居して婚姻を破綻させたもので、被告は、その意に反して離婚を強いられ、精神的苦痛を受けることになるものである。
そうすると、原告は被告に対し離婚慰謝料を支払う義務を負うというべきであり、その額は200万円を下らないというべきである。なお、原告は、別居期間中、被告の婚姻費用を負担し続けたから慰謝料支払義務を負わない旨主張するが、婚姻費用分担義務は婚姻関係が存することによって当然に生じるもので、婚姻破綻についての責任の有無・程度と直接に関係するものではなく、原告は一方的に別居して婚姻を破綻させたものであることも考慮すると、原告が婚姻費用の負担を続けたことを理由に離婚慰謝料を減免するのは相当でないというべきである。
したがって、被告の反訴慰謝料請求は全部理由がある。
3 財産分与について
(1) 原被告の夫婦共同財産(犬3頭を除く。)は前提事実(2)のとおりであるから、原告は、被告に対し、清算的財産分与として44万4603円(=(75万2168円-13万7039円)÷2-(-13万7039円)。1円未満切捨て。)を支払うものとするのが相当である。
(2) 犬3頭については、積極的な財産的価値があるとは認め難いものの、一種の動産ではあり、広い意味では夫婦共同の財産に当たるから、財産分与の一環としてこれらの帰属等を明確にしておくのが相当である。
証拠(原告)によれば、原告が犬3頭を引き取ることは困難であることが認められるから、事実上、今後も被告が被告宅において飼育し続けざるを得ないものである。しかし、犬3頭の飼育のためには、被告宅を確保するため家賃を支払い続ける必要があるほか、3頭分の餌代その他の費用を負担する必要もあるところ、その全額を被告に負わせるのは公平を欠くというべきである。
そこで、被告が主張するように、犬3頭についてはこれを原被告の共有と定め、民法253条1項により原被告が持分に応じて飼育費用を負担するものとしておくのが相当と考えられる。そして、原告は定職があり持家も有しているのに対し、被告はアルバイトなどで稼働してきたもので現在は無職であり、借家住まいであることに照らすと、持分割合は、原告2対被告1として、同割合で費用を負担するのが実質的な公平にかなうといえる。また、同条項には、同法649条にあるような費用前払に関する規定はないが、犬3頭の飼育費用として、被告宅家賃の一部及び原告が支払中の餌代が今後も発生し続けることは明らかであるため、その3分の2については人事訴訟法32条2項により、原告に支払を命ずるのが相当である。
被告宅の家賃月4万5000円のうち、少なくとも半分程度は被告自身の居住のための費用とみるべきであるから、飼育場所の確保のための費用に当たるのは月2万2500円程度とみられる。この費用は、1頭でも犬が飼育されている間は発生し続けるから、その間は、原告はその3分の2である月1万5000円を被告に支払うものとするのが相当である。また、証拠(甲14)によれば、原告が負担をしている餌代は税込みで概ね月4000円余りで、1頭当たり月1400円弱と認められるから、その3分の2相当である1頭当たり月900円について原告は毎月被告に支払うものとしておくこととする。なお、これらの支払額の定めは、飼育場所の確保のための費用を月2万2500円、1頭当たりの餌代を月1400円弱として算定したものであり、特に餌代については実際の額を下回っているとみられるから、被告が上記支払額の定めを超える必要費を支出したときは、その3分の2について原告に償還を求めることは妨げられない。逆に、実際にかかる費用が上記の前提とした額を下回るようになったときには、原告は請求異議により支払額の減免を求めることができると解される。
【参考文献】 家庭の法と裁判43号101頁
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